Interview Room

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Takeshi Inomata


日本ジャズ界の名ドラマーであり音楽プロデューサーである猪俣猛は,2000年 春,VMEサイトを通じてインターネット音楽配信を開始した。配信する曲はジャ ズのスタンダード「シング・シング・シング」,オリジナルのバラードなど猪俣 猛自身の選曲によるベスト8曲。それぞれの曲についての思いと,猪俣猛の考える ジャズについて語った。(聞き手は星野明:VME音楽プロデューサー)

――猪俣さんはインターネットで収録時間11分間の「シング・シング・シング (SING SING SING)」をリリースしました。音楽配信でこれだけ長い時間の曲を 配信するのは前代未聞です。この曲に特別なこだわりがあるのですか。

猪俣●14歳のときです。兄はトランペット奏者で,ぼくはドラムを叩いていまし た。あるとき兄が「こんなレコードがあるぞ」って蓄音機でぼくに聞かせたんで す。それが「シング・シング・シング」の曲だった。当時は30センチSPレコードで収録時間は短いから,裏と表を通して1曲です。 とにかく演奏がすごかった。特にイントロの“ドンドンズトドコ”というドラム が強烈でした。

――そのSPレコードは誰の演奏によるレコードだったんですか。

猪俣●1938年1月9日,米国カーネギー・ホールでのベニー・グッドマン楽団に よる実況録音です。当時,カーネギー・ホールといえば,クラシック音楽の公演 しかできなかった。そのレコードは,ベニー・グッドマンがカーネギーで初めて ジャズを演奏したときの記念すべき録音です。当時のスター級のプレイヤーを集 めた楽団による演奏で,名盤中の名盤といえましょう。

――「シング・シング・シング」は猪俣さんの音楽人生で原点にある曲というわ けですね。

猪俣●14歳というと人生でいちばん影響を受けやすい時期です。新しいものに対 して貪欲な時期です。それだけに「シング・シング・シング」は,強烈なインパ クトを受けました。僕の音楽人生で何よりも思い入れのある曲なんです。

――このたび音楽配信で選んだ猪俣さんの「シング・シング・シング」はいつの 録音ですか。

猪俣●1997年の録音です。朝日新聞社主催による「キング・オブ・ジャズ・シ リーズ」という企画でのライブ録音です。 「キング・オブ・ジャズ・シリーズ」は歴代のバンドリーダーが集まってビッグ バンドを編成し,音と映像の記録を21世紀に残そうという趣旨で企画したイベン トです。2000年末までに20回の公演を開く計画で,衛星放送のBSで放送してい る「スウィング」という番組もこの企画の一環です。

――「シング・シング・シング」は過去に何百回も何千回も演奏しているのですか。

猪俣●意外と少ないんです。僕にとっては思い入れのある曲だけに,あまり演奏 したくない。つまり,自分がこのメンバーで編成したバンドだったら演奏したい というわけです。 だから,過去に「シング・シング・シング」をリリースしたのは2枚だけです。も う1枚は,40周年記念の時のライブ版とオーチャードホールで演奏した時のライ ブ版で,吹奏楽をバックに叩いています。

アイ・ラブ・マイルス,アイ・ラブ・シナトラ

――猪俣さんは,マイルス・デイビスの「ディグ(Dig)」を音楽配信のために選 んでいます。猪俣さんがマイルスを演奏するというのは,ちょっと意外な気がし ますが。

猪俣●これも理由があります。日本のジャズ界で僕は“ウエストコースト派のド ラマー”というイメージが強かった。それも“白人系”のウエストコースト派と いうレッテルが貼られていたんです。僕は“白人系”“黒人系”って分けるの嫌 いなんです。

――確かに,日本人はミュージシャンを分けたがる性格がありますね。

猪俣●僕はマイルス・デイビスが大好きです。マイルスは黒人にしては珍しく, 白人の曲をとりあげている。黒人系ミュージシャンのほとんどは黒人の曲に選曲する事が多いので。マイルスの偉大さはそこにあると思うんです。

――確かに,マイルス・デイビスは常に“サムシング・ニュー”を追い求めまし た。常に,革新,革新の繰り返しがマイルスのジャズですからね。

猪俣●そう,歌ものの「いつか王子様が(SOMEDAY MY PRINCE WILL COME)」 を演奏したりとかね。ふつうの黒人のミュージシャンならば,そのような曲を絶 対に演奏しようとはしません。

――さて,アルバム『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン(FLY ME TO THE MOON)』からは「フォー・ワンス・イン・マイ・ライフ(FOR ONCE IN MY LIFE)」と「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド(What a wonderful world)」の2曲を選んでいます。このアルバムはどういう録音ですか?

猪俣●98年5月13日のことだったと思います。ちょうど僕は欧州から日本に帰っ てきた矢先のこと。フランクシナトラの訃報を聞いて,僕は慌ててニューヨーク 飛びました。 大のシナトラのファンである僕は,僕なりの思い入れのある曲として「フライ・ トゥー・ザ・ムーン」と「フォー・ワンス・イン・マイ・ライフ」をレコーディ ングしたんです。そのときの録音から2曲を選びました。

「飛鳥ワールド・クルーズ」でライブ!

――最後の「メモリーズ・オブ・アスカ(MEMORIES OF ASUKA)」につい てお話ください。

猪俣●これは客船「飛鳥(あすか)」のワールド・クルーズでのライブ盤です。毎 年,飛鳥の船上で演奏するたびに新曲を1曲づつ書くことにしています。ワール ド・クルーズは横浜港から出航して世界を一周します。その間,15日間ごとに船 内のメイン・パフォーマンスが変わるんです。ニューヨークからアカプルコまで の「カリブ海クルーズ」があって,ニューヨーク港から出るのでジャズ音楽がふ さわしいということになり,僕がたまたま抜擢されました。

――どのような編成のバンドで演奏しているんですか?

猪俣●ピアノトリオに管1本という編成で,約350人を収容できるコンサート ホールなんです。でも夜10時からはダンスに切り替えて,それまでメインコン サートがそこでできる。2週間に1回,そこででかいパフォーマンスのショーが あるわけですよ。

――船の中で録音するのはたいへんですね。

猪俣●すべて船内に録音設備があるんです。私達の演奏を録音して頂き,その中からセレクトして出来たものです。

インターネットで「音楽の暖かさ」を伝えたい

――猪俣さん自身,インターネットは使っているのですか

猪俣●インターネットにはあまり馴染みはありません。ただ,情報の伝達手段と しては絶対に必要なことは認めます。会社でもインターネットは積極的に利用す るように言っている。でも,僕自身はインターネットにはまると自分の感性を失 うような気がする。自分がはまり込む性格だってのはわかってるから(笑い)。 情報がリアルタイムで世界を駆け巡る時代に,インターネットを無視することは できない。だから,ネットで良質の音楽を流して,「こういう暖かいものがある んだよ」ってことを伝えればいい。 インターネットや電子メールの文字情報は冷たい印象に感じるんです。事務的な 文章になっちゃうのね。あれが基本的に嫌い。むしろ口語体でしゃべりたいなっ て気持ちがあるんです。

――確かに,同じ空気の中での会話っていうのとは違いますよね。

猪俣●僕の会社でも言ってるんだけど,「頭はデジタル,心はアナログ」が僕の テーマなんです。昨年からの社訓なんですよ。頭は絶対にデジタル化しておかな ければだめだけど,心の中までデジタル化したら人間としての価値観はないと…。

――猪俣さんはご自分が演奏した音源や映像の記録を早い段階から取り組んでい ます。どうゆうきっかけがあったのですか?

猪俣●かつて前田憲男さんと僕とが組んで「音楽の謎」というシリーズで5タイトル をリリースしたんです。ところが,そのうち3枚が廃盤されてしまった。5枚あっ てこそアルバムの価値があるのに,3枚は売れてないからって2年ぐらいで廃盤 になっちゃった。これはいかんと「原盤権を売ってくれ」と交渉したが断られた。 これじゃあ自分で権利を持っておかないとダメだめだなと思いました

――でも,自力でライブを開催し,音源を録音するとなると資金が必要になりま す。

猪俣●借金もかなりあります(笑い)。でも,権利をすべて売っぱらえば,おつ りがくるだろうという計算です(笑い)。僕はそうなってもいいと思う。だって, 若いミュージシャンも自分の名前がクレジットされていることが,後にすごい誇 りになるだろうと思うんです。そのためには記録を残してあげなきゃいけないっ て使命感みたいなものも感じています

ジャズ!ジャズ!ジャズ!

――ジャズといってもモダンジャズから前衛ジャズまで幅広い。猪俣さんは,ジャズをどのような音楽と位置付けていますか。

猪俣●ジャズは基本的に“即興演奏"の音楽と思っています。ジャズの素晴らし さは,テーマという約束ごとがあり,ハーモニーという約束ごとの中で自分を表 現していくところにあるんです。だから米国では民主主義そのものがジャズに現 れている。で,即興演奏で個人を主張していく,それを各人が順番に主張してい く,そこのジャズのすごさがあると思う。即興演奏がなくなると,ジャズではな くなって,ポピュラー音楽になっちゃうわけです。 でも,即興演奏だけを全面に押し出していたら,衰退していくじゃないかと危惧 しているんです。「スターダストを聞きたい」というお客さんは,スターダスト のメロディーが聞きたいわけです。ところが,ジャズのミュージシャンによって は,コードだけ使い,メロディーは出す必要ないという考え方をする。

――大手レコード会社がリリースするジャズ・アルバムの枚数が減る傾向にあり ます。

猪俣●「ジャズはメジャーな音楽だったのに…」と嘆きの声が聞かれます。でも, それはミュージシャンに責任があると思っています。一言で言ってしまえば,自 分たちのオリジナルをやりすぎたんです。作曲者の曲を演奏するのが演奏家の使 命です。基本的には僕はオリジナルを書くのは好きじゃない。でも何かを言いた いから,この子にプレゼントしたいからって曲を書くこともある。本来の演奏家 として書いているわけじゃありません。 作曲家は作曲するのが役目であり,演奏家は曲を演奏するのが役目です。クラ シックでいえば,ベートーベンは作曲家であり,作曲家は演奏しない。お抱えの 楽団が曲を演奏するんです。 僕たちが古いジャズを演奏するれば,ダサイと言われる。新しいものが流行して いて,それが最新のジャズだと思われているが,それはファッションミュージッ クであって,僕に言わせるとアートミュージックじゃない。

――でも,ライブ演奏やアルバムにオリジナル曲を入れることで自分たちのバン ドのカラーが出るという意見もあります。

猪俣●確かに,その考え方はよく理解できる。しかし「オリジナル曲だけにこだ わっていたら,どんどん自分たちの首を絞めるぞ」って僕は言ってる。お客さん に媚びるわけじゃない。「俺たちの演奏するスターダストは,こういうスターダ ストなんだ」という主張を徹底的にすべきだと思う。さらに,即興演奏の部分で 自分をより主張すればいいわけなんです。

――猪俣さんのコンサートには,コアなジャズ・ファンだけでなく,一般のファ ンが座っています。お客さんをいかに飽きさせないかに注意されてると聞いたん ですが。

猪俣●僕はライブハウスで3ステージあったら,1ステージで1曲だけ自分の主 張する厳しい曲を演奏することにしている。まず,お客さんの知っている曲で引 き付けておいて,「これは僕たちの言いたいことです」「これは皆さんには,とっつきにくいけど聞いてくださいって」と言って演奏すると拍手がくる。 お客さんと演奏との間で何かが一致したときに感動が起こるのだ思います。一方 的にミュージシャンが感動したってお客さんが感動しなかったら無意味でしょう。 僕はコアな人にジャズを聞いてほしいとは思ってない。知らない人にジャズの良 さをわかってほしい。

(構成:わたなべ・いちろう,文章:佐々木SUZU,写真:佐藤久)

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